「長基線式立体写真」とは,基線(ステレオベ−ス)を意識的に長くとって撮影する立体写真のことです.
ステレオベ−スを長く取れば,普通の肉体では見ることができない風景を見ることができます.たとえばステレオベ−スを6mにすれば,両目の間隔が6mの体になって,つまり普通の100倍の体で風景を眺めることになります.これは1/100の模型を見ている感じとも言えます.普通なら平面的な遠景にすぎない山塊の形を立体的にとらえる事ができます.
撮影の際に問題となるのは,カメラを正確に平行移動できるかどうかです.数〜数十mになるとスライダ−等はつかえません.手持ちで,注意して,しかも急いで撮影しなければなりません.フレ−ミングに注意すれば,たいていは,それなりに立体に見えるものが撮れます.ただ,風がなく,鳥が飛んでない事とかの制限もあります.
下の作例は一眼レフを手持ちで撮影したものです.ステレオベ−ス(カメラの移動距離)は一番上の茗荷谷の例が車道の幅ほど,一番下のスキー場の例では駐車場の両端,数十メ−トルです.上の例では鉄道模型(ふつう1/150など)を眺めるような感覚,下の例では地形模型を手元にとって見るような感覚の写真になりました.
長基線式立体写真の撮影の難しさは二点あります.第一に左右のコマのフレーミング,特に平行性,第二に左右のコマを撮る間の不整合防止,要するに時間間隔です.
左右のコマの平行性の保持の重要さ困難さは立体写真に共通して言えることですが,手持ちで撮る長基線式ではこれが特に難しくなります.
実際に撮って鑑賞してみると,多少ねじれがあっても立体に見えてしまいます.ふだんの生活でも,人間の頭蓋骨は寝ぞうで多少は変形するだろうし,二日酔いで眼球が腫れぎみのこともあるでしょう,そんな朝でも世界は立体に見えています.多少の矛盾は眼(というより脳ミソ)で調整して辻褄を合わせてくれるのです.
時間間隔は非常に重要です.その間の風や鳥や車や人の動きがすべて不整合(下記)にむすびつくからです.一コマめのシャッターを切る前に,一度移動してみて,両コマの立ち位置,フレーミングの基準点などをきちんと決めておいたほうが良いでしょう.不整合が起らないタイミングで一コマ目のシャッターを切ること,そして素早く移動して予定どうりのフレーミングに合わせて二コマ目を切ること,この間がロングベーサー(そんな言葉あるのか?)の腕の見せどころです.
長基線式立体写真は,いきなりパシャパシャ撮れません.あらかじめ両コマのフレーミングをよ〜く考えてから撮影する必要があります.
最も立体認識したい物体が中央に来るようにし,そのとき天地と左右に何が入るかを意識的に観察します.適当な基準点を決めて,それとの関係でフレーミングを決める事になります.「何々のテッペンの点がフレームの左端」,「水平線はファインダ内のインジケータ何々の文字の下と一致」とかをあらかじめ決めておき,左右に動いてその条件で素早く撮影するのです.
理屈をいうと,平行性を保つには基準点が2つ必要です.左右の限界と高さの基準となる第一の点と,平行性を保つために高さの基準となる補助の点を一つ,計2点あったほうが良いです.左右に移動したとき片方の基準点が見えなくなる,とかいう事のないよう,あらかじめ確認して決めましょう.
ただ人体はけっこう水平には敏感なので,基準点を1点だけ決めてあとは体の水平感覚を信じるという方法でも,そんなに失敗はありません.厳密に2点に合わそうとして手間取り,その間に状況が変わり不整合になってしまう,それよりは1点だけあわせて素早く撮る戦術が良い場合もあるのです.
地形や風景を長基線式立体写真に撮りたい場合,フレーミングは次の手順で決めることができます.一例ですので,これを参考に自分のやり方をパターン化して,体で憶えておいたほうが良いでしょう.
まず主な被写体,主役に対して,50:1の経験則を考慮して仮の左右の撮影位置を決めます(本当は20:1くらいの方が良いと思います).高さも同じであるほうが良いです.そして左右の撮影位置の中間あたりに立ってフレーミングについて考えます.
あとでトリミングするつもりなら,主役または背景に基準点を見つけて決めれば良く,簡単です.基準点をファインダー内で同じ位置に保ったまま左右に動き,水平に気を付けて撮れば良いだけです.
あとでトリミングしたくない場合は,最前景主体で写野を決めたほうが良いです.まず普通に構えて,左右の下端に何が写りそうか注目します.大抵は地面か,地面から立ち上がった低い物体でしょう.それは何で,左右のどちらが近いでしょうか? 近い方を最前景候補とします.それより近い物体が写り込まないようにします.もし近い物体があり,それをどうしても写し込みたい場合には,それを主役として考え直した方が良いでしょう.
次に左右の撮影予定場所へ移動し,先に決めた最前景がファインダーの隅にくるようにして構えてみます.
主役や背景を含めて全体の構図がそれでいいのなら,撮影に突入できます.しかし撮りたいモノまでの距離に比べ最前景が近すぎる場合,最前景に合わすと左右での構図が大きく違ってしまい,モノが中心から外れます.そうなったら,前景選択からやり直す必要があります.
主役が下の方に写るようカメラを上に振ると,手前にあった物が写野から外れ,もうすこし遠い物を最前景とすることができるようになります.上半分は空ばかりになりますので,露出に注意してください.
このようにすると,スライドフィルム上でそのまま視られるステレオペアが出来上がります.
風景や地形の場合,たいていは「手前下方に邪魔な物がある」という状況にぶつかります.上に振って空を広く写すか,下をトリミングする覚悟で撮るか,諦めるか,です.下をトリミングするのは楽で,スライドフィルム上でも下を隠して見ればいいだけです.
左右のフレーミング,各々の基準点を心の中で決めたら,いよいよ撮影です,1コマ目は何も急ぐことはなく,基準点をキッチリ合わせて構えることができます.
しかし,2コマ目はなるべく早く合わせてシャッターを切らなければなりません.決めていた通りに構えて撮る.この時の素早さと正確さは非常に重要です.長基線式の撮影に関して「上手い」というの事があるとすれば,この能力の事だろうと思います.
近景がなるべく入らないよう立ち位置を選定すべきですが.ペアの片側だけに写り込んでいる面積の小さな近景は,いわば睫毛のゴミや眼鏡の汚れみたいなもので,鑑賞の際には脳ミソがうまく無視してくれることも多いです.少しだけならさほど神経質になる必要はありません.
立体写真では一般に暗めの方が良いと言われています.このことは普通の写真とは異なります.
黒から白まですべての階調を平均してもっていて,しかも純黒や純白の面積じたいは非常に狭い.これが最も多くの情報量を含んだ画像であり,写真は一般的にこれがベストでです.
ところが立体写真では,ベタッと明るい部分があるとそこの立体認識がむつかしくなります.逆に片方が真っ黒につぶれていても他方に暗い何らかの像があれば,それなりに奥が見えたりします.
従って立体写真は少し暗めが良いのです.多少は暗くつぶれた箇所があってもいいが,白く飛ぶのは厳禁.明るい部分にも何か構造が写っているようにすべきなのです.
実際にはカメラの感度目盛を2倍にしておく,とかで対処できます.もちろん,左右のコマで露出が違わないよう,機種によってはロックしたり,マニュアルにしたりしましょう.
さまざまな困難さをクリアする条件をしぼると,長基線式立体写真の撮影に向いた場所や状況はかなり限られてしまいます.
具体的に挙げると,橋の両端がいいです.高さもほぼ同じですし,川を中心に奥行きのある風景がひろがっています.遠景が望めるパーキングエリアも向いています.また稜線を走る道路では同高度の二点をあらかじめ決めておき,車で移動すれば,かなりの遠景も立体撮影できるはずです.このときは雲の動きに要注意です.山頂の展望台などは,被写体(隣の峰々など)の距離が長いわりにステレオベースがとりにくく,あまり良くありません.
あと,直線区間を走る列車の左側車窓から直角に連写する方法,カメラは三脚に固定したままで流れる雲の連写する方法,などもあります.もちろんこれらはビデオで撮影して静止画像を得ることも可能です.
普通カメラでポジ(スライド)フィルムで撮る場合,左目用を先に撮り,右目用を後に撮るようにします.こうするとフィルム上でステレオペアが平行法式に並んだ状態になるからです.車窓から連写の場合は左側が良いことになります.
現像に出す際は”長巻”と指定しておき,自分で切るようにすれば撮影時の平行性を保てます.二枚ならんだスライドのまま鑑賞できます.
ネガ(プリント用)フィルムで撮影してベタ焼きする場合でも撮影順は効いてきます.もちろんネガのままでも立体視することは可能です.どんなフィルムでもなるべく左右の順に撮るべきなのです.
長基線式に適した場所をみつけたら,ステレオベ−ス(基線)の長を変えていろいろやってみましょう.
立体視したい被写体の距離とステレオベ−スの比は50:1くらいが適当と言われていますが,半分〜二倍くらいの誤差は平気です.ステレオベ−スが長すぎるほうは全然問題無しで,一桁くらい違っていても見えてしまいます.普段の生活でも,30センチくらいのところの物は普通に立体視してて,これが5:1ですからね.
作例の上の方は同じ場所でズ−ムレンズ付きの一眼レフで撮ったものです.上のペアはレンズを35mm状態(やや広角)としステレオベ−スは数メ−トルで撮ったもの,下のペアはレンズを70mm状態(やや望遠)としステレオベ−スは橋の両端近くから撮ったものです.
上では眼下の川が平坦な奥行きとなって見え,背後の街や山はほとんど壁のように立って見えます.下のは,その山の部分が立体となって見えます.
写っているのは八鹿町の八鹿諏訪町〜大森付近で,背後の山の名前はわかりませんが中央右のピークが408.0mの三角点,左寄りのピークが366mです.撮影場所の舞狂橋から町街までの距離は1200mほど,三角点までの距離は2200mほどです.橋の長さは120mほどあり,ステレオベースは100m弱だったと思います.従って比は12:1〜25:1くらいです.50:1が標準だとすると,その2〜4倍もとってしまった事になります.
「ずれ」とはカメラの向くべき方向が底面にそって平行していない事で「右用のコマがちょっと上を写しすぎた」とかです.X軸方向へずらすだけのはずが,Y軸方向にも動いてしまう失敗です.
しかしこれだけなら平行性は保たれているので,並べたペアは平行にずらせば完璧のはずです.理論上,首を傾れば立体に見えるはずですし,実際には多少のずれなら意識しなくても問題なく見えてしまう事が多いです.
「ねじれ」は,カメラの角度が斜めになってしまう要素で,これも,もし,ひどいねじれがあっても,プリントしたペアを適正な角度に回してやると,立体に見えるはずです.実際には多少のねじれは問題なく見えてしまいます.
要するに,どちらのミスでも,小さくプリントして,個々にある角度回し,平行移動すれば,きちんと立体視できるはずなのです.ただ各ペアでいちいちそんな事をするのは困難ですから,撮影の際に「ずれ」も「ねじれ」もないように撮影するわけです.
三脚とスライダーがあれば,両方のミスは回避できます.しかし手持ちの長基線式の場合,どちらのミスからも逃げられません.量的にミスが多いか少ないかの違いになります.
ただ,かなりの場合は眼の許容範囲に納まりますので.あまり深刻に考えず,とにかく1ペア撮ってみるほうが良いと思います.下の作例では斜めの輪に影響されてカメラが傾いてしまいました.それを修正せずに組み立てたペアなので,少しねじれています.たとえば右奥建物の屋上の線が平行になってないのがその証拠です.しかし,こんなのでも,なんとか立体に見えるのではないでしょうか?
二回撮りの場合には,この不整合がよく生じます.「左コマを撮った直後に,木のリンゴが落ちてしまった」とかです.
不整合はなるべく排除しなければなりません.常に動くもの,人物などがフレーム内にあると不整合の原因になります.
二コマ撮影の時間間隔を頭にいれて,一コマ目のシャッタ−を切る段階で,すでに二コマ目までに不整合が生じないよう配慮されている事が必要です.長基線式の場合,一コマ目を撮った後,フレーム内の道路に自動車が入ってきて不整合になることがよくあります.車と人に対する注意は長基線式の基本です.
陰影のはっきりした写真を得るためには,晴れで斜めの光が来ているような状況が良いです.しかし晴れた日でも太陽も影も動きますし,遠景の一部にかかった雲の影は移動しています.このような事も不整合の原因となります.
一般の撮影で滝を撮るとき,高速でシャッターを切ると水しぶきの一つ一つがクッキリ止まって写ります.逆に三脚で固定して低速シャッターを切ると,しぶきは一つ一つの形をもたず,全体で雲のようにぼんやりと写ります.絵はがきによくあるパタ−ンです.
立体写真のために滝を二回撮りする際は,とうぜん,左右のしぶきの形が異なる不整合をさけるため,スローシャッターでいきましょう.
風が吹いていると木がなびきます.そして風の強弱で針葉樹のテッペンのしなり具合が変ります.しなり具合の異なる状態で左右のコマを撮影すると,立体視した際には木の先が手前に飛び出したり奥に凹んだりして見えることがあります.
もちろん,こういう不整合を意識的に取り入れて効果をあげることも出来るわけですが .